小さくて、大きな世界のこと
1年の半分は家にはいない。そんな生活を何年も何年も過ごしてきた。もし僕が福島から出ていなかったら、一体どんな人生になっていたのだろう。学生として東京に、仕事で日本中、世界中に旅に出てみつけた今の自分が、いる。でも生きることに物理的な広さは制限になるのだろうか。ふと、広い世界と小さい世界は常に一対だと感じることがある。
徳島。ある晩にインスタグラムに現れたフォロワーを辿ると目に入った。大学生のとき野宿で日本一周で立ち寄った時は阿波踊りの会場が作られているところだった。その一方で目の前にそびえ立つ山にかかるケーブルカー、物静かなアーケード。あの夏も暑い夏だった。
あれから18年後、僕はまたこの場所に来た。すでに出張写真館で訪れた、広島、奈良、その間。徳島。あの街並みはなんにも変わっていなかった。もしかしたらあの時よりも人気が減ったかもしれない。あの時にはなかったここがあのアカウントのプロフィールにあったお店だ。
「あれ?今日だったー?」「だいじょうぶ!だいじょうぶ。」日程を1日間違って伺ってしまった僕を、あっけらかんと迎えてくれたみわこさん。何事もなかったかのように平然と迎えてくださる姿に、間違いない、と。確信した。
物事が成功するときは、決まってスムーズだ。みわこさんがメール案内してくれた徳島の開催地候補地はどこも魅力的だった。でも出張写真館を行うには「ちょっとだけ広さが足りない」はずのみわこさんのお店で開催したかった、実際の可能性をの自分の眼で知りたかった。
出張写真館の撮影目標は1日80組。共催者に宣伝と予約、人手をお任せすることになる。ご主人のだいすけさんも参加し、様々な懸念事項がどんどん解決されていく。広さも日時も視点を変えれば、問題ない。
インスタグラムのフォロワー約12万人のみわこさんは三人姉妹の長女。実家の家業に嫌気がさし、高校を卒業してから徳島で色々な職を経験するも、ひょんなことから実家の味の魅力に気付き、兼業で実家のオンラインショップを手伝い、同じ商品も写真と文章が変わるだけで、商品が売れることに気づき、その美味しさを広げるため、家業一本に転職した。
川から吹く風が心地よい商店街。その一方で軒並み閉まるシャッター。徳島だからできないこと、徳島でしかできないことがある。みんな田舎に憧れる。でも田舎にすんでのんびりなんか暮らしていられない。減少する人口。台頭するチェーン店、ネットを通じて全国から集まるオンラインの注文はそんなみわこさんへの応援に違いないと思う。
商品を買う背景には、物語がある。誰が、なぜ、どう、作ったのか。美味しい食材が豊富にある。自分たち手の届く範囲をしっかり守る。物語の中では田舎はブランドだ。自分の好きなこと、そして他者の心地よさの分水嶺を浮遊するみわこさんのメッセージ。そのコミュニケーションの上質さはきっとご両親譲りだと思う。
ドアを開けると、ザ喫茶店という重い内装に明るい照明、一見話しかけづらい風貌とは対照的な明るいマスター(お父様)。大学を卒業して間もない若人が、カウンターに座る賑やかな店内。今回の一番のイベント、みわこさんのお父様の喫茶店であり、だいすけさんが焙煎を務める喫茶店「可否庵」へ。
お父様の喫茶店で焙煎するだいすけさんの浅煎りの豆とお父様の素早い抽出が合間ってうまれる味は、コーヒーが飲めない僕でも、優しく感じるあの味にどことなく似ていた。常連さんが出入りする中ではずむ会話には笑顔が絶えない。おいしさは、たのしさからやってくる、あらためてそう感じる時間だった。
広い世界と小さい世界は常に一対だと、ふいに感じることがある。物理的な大きさにとらわれず無限に広がるもの、それが人の想像力だと思う。お母様のパン屋オーバッシュクラスト、お父様の可否庵からはじまった仕事の旅は、またこの場所に戻ってくることになった。たとえそれが一つの町の中での話であっても、振り返れば、みわこさんには豊かな旅だったに違いない。
だいすけさんという違う視点を持つ仲間とともに、一家の旅は力強く続く。その中のほんの少しだけれど、僕らもご一緒させて頂きたいと思う。はじめての四国。出張鈴木心写真館in徳島、オーバッシュカフェは、19年7月15日開催です。