実と花、心。

2005年キヤノンの写真新世紀というコンペの公開審査会が終わり佳作の入選にとどまった僕と友人の二人で、審査員に一杯食わせてやろうと、声をかけてみたのが最初の出会いだった。ビデオカメラを片手に突撃インタビューをするも、嫌悪するどころか、現場の見学を取り付けてしまい、後日撮影にお邪魔することになった。(あの映像どこいったんだろう)

スタッフが集まる前にお茶と水の用意を。慌ただしい現場で買いに行こうとすると、ちょっと待って!ペットボトルのお茶と水を買いに行こうと思わなかった?という質問に、素直に答えると、そうじゃないんだよね。と一緒にコンビニに向かった。

炭酸も、豆乳も、野菜ジュースも。ちょっとした朝ごはんやお菓子。会計も3、4千円になった。現場に戻る道中で「みんなが楽しみながら選んでくれることを想像しながら、自分も選ぶんだよ、仕事ってこういうことだから」と。あの日、僕は初めて、仕える事の意味を知った。楽しくできるかどうかは自分次第なんだと。

一年に数度。事務所に遊びに行ったり、食事に行ったり。家に呼んでくれたこともあった。写真家と写真学生という距離ではなく、いつでも対等に。僕が尊敬する写真家はみんなそうだった。だから僕も、良くない作品には、良くない、と正直に伝えることにしている。そんな兄弟の様な関係はもう15年も続いている。

森山大道賞。本当は私が最初に賞をつけたんだよね。でも森山さんも付けちゃったから、一人でも多くの人が賞を取れる様に、私は違う作品に賞をあげたの。そう、僕の作品にはもう一人、審査員が賞をくれていた。蜷川実花。

物議を醸したドラマ、フォロワーズ。その三話目の冒頭は、写真新世紀の審査会だ。実花さんのメタファーにも見える主人公リミは最終審査でグランプリの受賞を逃してしまう。しかし、数奇にも彼女を負かすその写真作品は、後に彼女が実際の写真新世紀で佳作を与える学生時代の僕、鈴木心の作品であった。

鈴木心が撮る、100の蜷川実花。

やりたいことは全部やる。
フォトグラファーとして
映画監督として
そして母として
蜷川実花はいつも収まれない
ありのままに「生きる」蜷川実花、そのすべて。
蜷川実花YouTubeドキュメンタリー
「として、蜷川実花。」


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