鈴木心写真館、松陰神社前の小さな旅。#6 「106 COFFEE STAND」
借りちゃった!と言われて……
前回紹介したヘアサロンには、コーヒースタンドが併設されている。営むのは、ヘアサロンの高野さんの友人である民部田さん。この出店は、5年ほど前、ふたりが出会った頃からの計画ではあったのだというが。「彼女(高野さん)に合わせたという感じで。ふたりが真逆だから、いいのかもしれませんね」
「岩手から上京してきた私には、キラキラして見えた」
雑誌やメディアをカフェ店員が賑わせた、いわゆるカフェ全盛期であった十年前、カフェでアルバイトをしてみたいと応募した。当時、大学で農学部に在籍していた民部田さん、「『ヤギがいるカフェはどう?農学部だし』と言われて、ヤギは嫌いじゃないのでいいかなと思って」と、飲食の世界へ。
みんなが集まれる場所
「なぜ、人はカフェに行くのか。不思議な気持ち」と言いながらも、この業界で長らく過ごしてきた。自身も、人に会いに出かけることが多いという民部田さん。「私が何をやっていても、きっとみんな会いにきてくれるとは思うのだけど、カフェならさらに気兼ねなく、ふらっと来てくれる。そこがいいところ」
飲みものというより、研究対象。
昨年5月に以前の職場を辞めて海外放浪中、アメリカでふた月ほど、コーヒーショップを巡って過ごした。その後、メルボルンへと移り、バリスタの学校へ通ったという。学生時代にバイオテクノロジーを学んでいた民部田さんにとって、「コーヒーは興味深い新たな研究対象」となった。
とりあえず、スタート。
既存のコーヒースタンドで働き始めた矢先、「浅煎りを極めてみようかと思い始めていたら、(高野さんから)物件が見つかったと言われて」という。そこで尻込みしても不思議ではないが、「慌てて母に相談しました。悩みすぎると動けないから」と、すぐに行動へと移すフットワークの軽さに脱帽である。
「競合について、考えたことがなかったです」
カフェ激戦区と言っても過言ではない松陰神社前に、コーヒースタンドを出すということ。かなりの決意を持っていなければ実行は容易でないように思えるが、本人は「いま聞かれるまで、特に考えたことがなかったです」と、あくまでマイペースである。「世田谷にずっと住んでいたので、この辺りがいいとは思っていました」
淹れるのが好き。
「コーヒーを淹れるのが好きなんです。実はね、飲むのはそれほどでもない」と教えてくれた。「お客さんの中にも『コーヒーが苦手だったけれど、ここのカフェラテは飲める』と言ってくれる方もいるんですよ」
バーテンダーのようなバリスタ
気の置けない友人と話すように客とのコミュニケーションを取ることに長け、かつてバーテンダーとして好みに合わせたカクテルを作っていた経験もある。「こだわりの味を追求するのもかっこいいけれど、こういう形があってもいいかな」と言いながら彼女が出してくれたEspresso Lemon Squashも、普段はあまりコーヒーを飲まない鈴木に合わせた提案である。
人が自然と集まり、それを緩くつないでいく。
コーヒースタンドに珍しく、腰掛けているスタイルの民部田さん。ピーナッツのコミックに登場する精神分析スタンドで、チャーリー・ブラウンにアドバイスするルーシーの姿を思い出す。さらに柔らかな口調と人柄があいまって、訪れる人はつい長々と話したくなってしまう。「いろんな人が一度に集まれる場所だから、そこでさらにつなげたりするのも楽しい」
「絶対、サラリーマンにはならないと思っていた」
「愚痴を言いながらも辞めない方とか多いと思うんですが、やりたくないならやらなければいいと思う」と、穏やかながらも強い口調で言う。「仕事の面ではとても尊敬しているが、父親としてはどうだろう」と苦笑いしながらも、決して愚痴を言わず仕事に邁進し、年に一度会うか会わないかだったという父親の遺伝子が、彼女の中に深く息づいているのだろう。
ここが、ゴールではない。
「始めたからには頑張ってみます。ギャラリーとして貸し出したりもしたい」と意気込む。一方で「フランスで暮らしてみるのも夢」だといい、人生の最終目標は「可愛いおばあちゃんになること」と、無邪気に答える民部田さん。「ドラマチックなほうを選びがち。映画が好きなせいかもしれないな」と笑う。ゴールに向かって、ゆるゆるとマイペースに突き進む彼女。ここへコーヒーブレイクに立ち寄れば、ポジティブなパワーまでチャージできる気がする。(記事:末松早貴 写真:鈴木心)
106 COFFEE STAND(イチマルロク コーヒースタンド)
東京都世田谷区若林3-15-3 若林ハイホームA棟104号(Google Map)
平日、土曜日 12:00-22:00/日曜、祝日 12:00-20:00
水曜日定休
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