フイルム写真よ、さようなら#7「フイルムという名の不便な時間」
写真を始めた2001年から2年間に撮影されたモノクロネガのうち、350本を全コマデータ化した。
廃墟deポン!
2002年の冬僕は兵庫の廃墟、摩耶観光ホテルにいた。学生の時は廃墟をよく旅した。軍艦島、恵心病院、相模湖のペンション、東北の三大鉱山、いまでも新鮮にあの空気を覚えている。
写真は雄弁だ。溢れるように、その細部を克明に思い出させてくれる。16年モノのビンテージ。写真はいつも新しい、古くなるのはいつも人間のほうだ。
フイルム写真はもうやらない。
でもフイルム写真をとことんやったらから今の自分があるのは自明だ。写真を撮影してパラメータを触る時はいつも暗室のことを思い出す。現像液の温度、現像時間、調合、フィルムの特性、印画紙の特性、引き伸ばしレンズ、いろいろな因子の影響をうけて調子がきまっていく。
ライトルーム、ダークルーム
そんなことを想像しながらソフトウェアのパラメーターを調整する。ライトルームとは皮肉な名前だ。誰でも写真の調整をできるが、ダークルーム(暗室作業)を元にして設計されているソフトである。ダークサイドが重要なのだ。
箱じゃないよ、カメラだよ
それだけじゃない。大型カメラ、これはただの暗箱。フイルム、レンズ、ボディ、すべてがバラバラに機能する。撮影手順もヒューマンエラーが起こりやすい。でもそんな苦労を乗り越えた先にある、撮影。どうしても大型カメラじゃなきゃだめだ、という決意、そして、しくじったら、高いフィルムが無駄になる。そんな緊張感。
しったかさん
それは写真という道具を使う上での覚悟をしいられる。そんな今の写真を育む歴史を知ることは、今の写真を知ることにも繋がる。あたかも知ったようにフイルムだなんて軽々しく話やがって、暗室もつかったことないのに、フィルムのトーンは独特だなんて言いやがって。
と、おっさんにならないように、いつもブレーキを踏んでいる。今には今の写真がある。電話でもいい、デジタルでもいい。自撮りでも、ビューティープラスでもなんでもいい。
不便利
一つだけ伝えておきたいのは、写真には撮影してから像になるまでに、不便な過程があった。あと一枚しかとれない、そんな有限なフィルムの緊張感、よく見えない暗室の暗がりに浮かび上がる像のゆらめき、温度管理をするためになかなかプリントに移れないあの待ち時間。不便だった、実に。でもいまはあの時間があってよかったと思う。
限られた時間で撮影する価値、暗室する価値を自問自答しつつ、次の獲物を想像する。あの考える時間が有意義だった。僕の撮影の速さの由来をテレビゲーマーだったと言う人がいる。だけど、本当は違う。あのフィルムのシビアさにくらべればデジタルなんて、楽すぎるだけなんだ。
キャンプ
だから今でもフイルムを信仰したい気持ちはわかる。作り手としての時間や質がそこにはある。しかし、観衆はもっと我儘で残酷だ。そして日々より我儘になってきている。
都会に住む人間が不便さをもとめてキャンプするように、不便は時に人を豊かにする、便利さは、その選択肢をあたえてくれる。しかし、不便を体験していないと便利の必然性がみえない。それがフイルム人とデジタル人の大きな差である。縄文と弥生は教科書では並べられるがまったく別の人種であるように。
そんなことを16年前の自分の写真が囁いていた。